Scapegoat 3

「そんなに彼女とキス出来るか不安だったら、もっかい練習付き合ってやろーか?」
 そんなあいつの軽い一言から、俺はもう一度キスの練習をする事になった。
 この状況を棚から牡丹餅と思って素直に喜ぶべきなのか…
 黄昏時の公園は閑散としていて、俺達は並んでベンチに座っていた。
 左隣に座っている川口は欠伸なんかして随分余裕だってのに、俺はさっきから心拍数が上がって半端ない。"口から心臓が出そうだ"なんて表現、大げさだと思ってたけど、今の俺はまさにそれだ。
 とりあえず、深呼吸…!って結局昼間のキスの練習と全然変わっていない状況に自分でも呆れてしまう。
「あ、か、川口」
「ん?」
「ここの公園って、意外と人が通らないっていうか、人け無いんだな…」
 俺と川口がここに座ってから5分は過ぎただろうか。その間このベンチの側を横切る人は誰一人として居なかった。背後の随分離れた道路側から犬の鳴き声がして一度振り返ったけど、大きなタコの形をした遊具が邪魔してさっぱり見えない。つまり道路側からもこのベンチは見えていないんだろう。
「ここだだっ広い上に外灯少なくて暗いから、夜はあんま人来ないんだよ。」
「そ…う、なんだ。」
「キスの練習には持って来いだろ?な?」
 川口がニヤリと笑って得意そうに答えた。陽はとっぷりと暮れて、辺りはもう大分薄暗い。公園の中にある小さな林の中は真っ暗と言ってもいい。でも川口の大きな目は夕闇に溶けず、真っ直ぐ俺の方を向いている。
 本当にこいつって目が大きい。この目がきっとよくない。おかしな気持ちにさせられて、乗せられて、変な衝動に駆られてしまう。その大きな瞳が突然ぎゅっと瞼を閉ざした。
「んっ、いいぞ、目閉じてるから、さくっとやっちゃえよ!」
 顎を上げて、川口が俺に唇を差し出す。
「か、軽いなぁお前…」
「テリヤキバーガー一個分のキス一回だからな」
 片目だけ開いて、ウィンクした状態の川口がおどけてみせた。
 可愛すぎる、いくら男でもこれは可愛すぎる!
 ここで告白キメなきゃ、男として駄目だろ。もうこれ以上ただの練習って名目で触れるのは我慢が出来ない。色々思うところはあるけど、俺は正直に自分の気持ちを伝える事にした。
「いや、川口、ちょっと待ってくれ。」
「ん?」
「お前に聞いて欲しい事が…あって、うん、まぁ…なんていうか…その……あ…えっと…」
 再び川口がジッと俺の顔を見つめている。ちゃんと言わなきゃ駄目だって思えば思う程、続きの言葉が声にならない。彼女に告白した時は、あんなに簡単に言えた「好き」という二文字の単語が、喉にひっかかって全く出ない。
 そんな俺の様子にさすがに呆れたのか、川口は大きな溜息をついた。
「はぁ〜、なんだよ、何ビビってんだよ。大木ってほーんとビビりだよなぁ。でもまぁ仕方ねーか、どーせお前まだ童貞なんだろ?」
「ん……まぁ…」
 ああそうだよ、心に余裕が全くない、すぐにテンパっちゃう童貞っすよ。
 でもあれ?ちょっと待て、川口のこの余裕っぷりはまさか、まさか、違うよな?
「…っていうか、ちょっと待て、川口、お前は違うわけ?」
 動揺して声がひっくり返りそうになりながら、俺は川口の両腕を掴んで揺さぶった。
「ああ、うん。中1の時とっくに。」
「マ、マジかよ、相手は誰だよ?痛くなかったか?」
「えっ??痛くは…無かったような…」
 最悪だ。
 一番恐れていた答えだった。
 中1の川口って…今も可愛いけど多分もっと可愛かっただろうな…。可愛い川口が…あんな事や…こんな事を…されてたって思うと、ちょっと辛い、辛いっつーかムカつく。過去の男に妬いても仕方ない事なんだろうけど、川口の初めてを奪った奴が憎らしい。

「無理やりじゃねーよな?つーか、そいつとは今も付き合ってんの?」
「無理やりっておい、俺そこまで酷くねーぞ?」
 昔の男の事を庇ってるんだろうか。それとも無理やりっぽい酷いプレイはさすがに川口も断ったってか。
「お、俺は絶対川口が痛がる事とかしねーからさ…」
「…はぁ?」
「お前の事ちゃんと大事にするし、辛い思いもさせないって約束する。」
 川口を真っ直ぐ見つめて、今度ばかりはちゃんと言えたと思う。
「おい、大木!?お前なんか誤解してねーか?」
 誤解も後悔も無い。
 川口が男でも関係ない。最後までちゃんと告白すると俺は覚悟を決めた。
「だって…お前が男とやった事あるって言うなら、もう俺我慢出来ないし、俺やっぱりお前の事が…」
 そう言い終える前に川口は俺が掴んでいた両手を振り払って睨んできた。
「だからー!なんで俺が男とやったなんて話になるんだよっ!」
「……えっ?」
「普通に考えて相手、女だろ。」
 "普通に考えて相手、女だろ"、その言葉が何度も脳内をこだまして、意味を理解するまで少し時間がかかった。おかしい、俺はどこから勘違いしてたんだ?いや、川口が「中1の時」と言った最初から勘違いしてたのか。
 川口は童貞じゃないイコール男とやったって考え方は、おそらく俺が川口をそういう対象で見てるからって事なんだろうけど…完全に思い込みで突っ走ってしまった。
「……っつーかお前もしかして俺の事好きなわけ?」
 溜息混じりの呆れた声が俺にトドメを刺した。
「あ、んー、えーっと、そう、かもしれない、ような、そうじゃない、ような…」
「…んだよ…わけわっかんね」
 川口はシドロモドロの俺をチラリと見てから、面白くなさそうに俯いた。その表情はどことなく残念そうな寂しそうな気が…しないでも、ないでも…ないよう、な。
「だって…さ。普通に考えて、気持ち悪いだろ?男同士とか…」
「気持ち悪いな、はっきり言って、すっげーキモイ。」
 光の速さで即答だった。しかもわざわざ顔を上げて、真正面向いて。その可愛い目を思いっきり見開いて、全身で拒否だ。
「…ですよねー、ああ、うん、そうだよな。はぁ…」
 告白の直後にはっきりとキモい宣言されて、俺はガックリと肩を落とした。
 結局これが現実だ。男同士でイチャコラなんて俺だってキモいと思う。ただ、川口だけは俺の中で特別だけど…その川口に拒否られたんだから、もうどうしようもない。
 無言の気まずい空気が俺に追い打ちをかける。  もう何もなかったように振舞って、さっさと帰るべく立ち上がろうとした瞬間。
「でもさぁー」
 躊躇いがちな川口の声がした。
「ん?」
「大木の事は別に嫌じゃないかもって、前からちょっと思ったりした事もあったんだけど…」
 目線を落として取り繕うような言葉を並べる川口に、俺は驚いて問い返した。
「はぁああ?何だよそれ!そういう事は早く言えって!」
「彼女持ちのお前にんな事言えるかよっ!」
「あ…そっかぁ。」
 そうだった俺には彼女が居て、その彼女とのキスの練習に川口につき合わせたんだった。その上彼女居る癖に告白とか…どう考えても最低だろう。
 なのに川口は俯いたまま唇を噛んだり小さく溜息をついたりして、すぐ隣に居るのにその距離がもどかしく感じるぐらい、いじらしくなった。
「大木は鈍すぎるんだよ。今日の事だって普通誘ってるって気づくだろ?男相手に2回もキスの練習とかしねーって。」
 川口は頬を紅潮させて、口を尖らせて、チラッとだけ俺を見て、また俯いた。
 これって所謂、デレてるってやつだよな?まさかの超展開に、どう反応していいか全くわからない。
「…っつーか、川口は…結局、どう思ってんの?」
「………それくらい自分で考えろよ…。」
 不意に、猫みたいに大きな目がジッと俺の顔を覗き込んできた。
 まただ。
 心がざわっとする。
 不安とドキドキで胸が痛い。
 その瞳に吸い込まれるように、俺はあいつの肩に手を回し、体を引き寄せた。
 川口は拒む事なく俺の腕の中におさまって、静かに唇を受け入れた。
「っ…っ…あ…ん……ぁ」
 重ねた唇の隙間から時々川口の吐息が漏れる。その声がもっと聞きたくて、その唇をもっと味わいたくて、俺は何度も川口を攻め立てた。柔らかい唇の感触も温かい舌の感覚も、何もかも感じ取りたい。川口を独り占めしたい。
「ん…っんぁ……ぁ…ちょ…おおき…っおま…っはぁはぁ」
 せつなそうに眉をひそめ、川口は一度俺の体から離れた。ピンク色の頬で肩で息をしている姿に、我慢が出来なくて力づくで再び引き寄せる。
「もう一回…」
 そのまま返事をする余裕も与えず、もう一度川口の唇を塞いだ。
 頭の奥がだんだん真っ白になっていくのがわかる。
 体中から溢れてくる吐き出したい気持ち、せつなくて、苦しくて…
 やっぱり俺は川口が……好きなんだ。
「…ん…っ…んん…ぅ…っ…」
 少し苦しそうに声を漏らす川口が見るにしのびなくて再び体を離した。
「ばっ…馬鹿、大木ぃ!お前キス長過ぎなんだよっ!!!」
「だって川口がエロイ顔してっから、だから我慢出来なくて…」
 つい本音が出てしまいハッとした。だって本当にキスしてる時の川口はすごいエロくて、いくら眺めてても飽きそうにない。
「てっめーーー!キスしてる時位、目ぇ瞑れって!俺の顔ジロジロ見てんじゃねーよっ!!」
 耳まで真っ赤になった川口がグーにした両手を震わせている。今にも殴りかかってきそうな勢いだ。
 でも殴られる前に、俺はどうしても川口に伝えたい事がある。
「いや、とりあえず話を聞いてくれ、川口。」
「はぁ?あんだよ?」
「彼女とは別れる。」
 俺は川口に対して本気だって、それだけははっきりさせたかった。
「当たり前だバーカッ!!」
 その言葉と同時に川口の右手がバチンと頬に当たった。目から星が出そうな勢いだったけど、グーじゃないだけマシだと思った。

 結局俺は、川口の身代わりだった彼女と別れた。
川口は相変わらず口が悪くて、乱暴者で、キスの時目を瞑らないとすっげー怒るけど、俺は今、すごく、幸せだ。


END

ボイスドラマ用に作った台本から逆に小説化してみました!全3Pで終わりです。
CLAP にこのお話の続き、Scapegoat -epilogue- を載せています!