Scapegoat 2

「はい、テリヤキバーガーセット、俺のおごり」
「マジでおごってくれんの?ラッキー!」
 目の前に居るファーストキスの相手は色気より食い気らしく、無我夢中でハンバーガーを頬張っている。

 ついさっき、数十分前こいつとキスしてたんだよな。
 しかもチュッとか生優しいやつじゃなく、思いっきり舌絡ませたすっごいのを…。思い出すだけで心臓がドキドキしてくる。顔が熱くて、恥ずかしさと不安が入り混じったような気持ちがこみ上げてきて、あ、あと、そうだ。背徳感ってやつもある。だって相手は…川口は男だし。

 でもキスを終えた直後の川口はびっくりするほど可愛かった。
 肩で息をしながら俺の両腕にしがみついて、頬を染めて、目を潤ませて俺を見て。
 なんかこのままじゃ、俺ヤバイかもって思った瞬間、グルルルルルってコントみたいな音した。
「大木、俺、腹減ってんだけど」
 腹をおさえて笑う川口が俺の体から離れて、茶番はそこで終わった。

 その後の川口は相変わらずの悪態で、駅前のファーストフード店に着くまで「大木はヘタレだ」とか「こんなんで彼女と付きあっていけんの?」とか散々な言いようだった。
 それでも無邪気にハンバーガーを食べてる姿を眺めてると、やっぱり可愛いなって思ってしまう。

「なんつーか…川口には変な事…付きあわせて…悪かったな。」
「まー罰ゲームだから、仕方ねーじゃん?」
 食うのに夢中な川口がケロっとした顔で答えた。
「なんだよそれ…!お前、俺とキスしたってのに、恥じらいとかそういうの無いわけ?」
「あんで男とキスして恥じらいを感じなきゃなんねーんだよっ!……遊びだろ?遊び。」
 確かに、そりゃそうだ。それが普通だって、わかってる。

 でもどうよ?あれだけのキスをしたのは事実だ。ちょっとぐらい動揺したっていいんじゃね?
 俺とキスしたばかりの口で、ハンバーガーを食べて、烏龍茶を飲んで、ポテトを…くわえて、その舌で…って駄目だ、やっぱり俺は今まともな思考回路じゃない。
「…さっきも言ったけど…川口、おまえ…なんか結構…可愛いっていうか…」
 最後は自分でも何を言ってるのかよくわからなっかった。それくらい小さい声で呟いた。
「ああ?聞こえねー。」
 横目でチラリと俺を見た後、川口はジュルルルルーッと派手な音を立てて残り少ない烏龍茶をストローで吸い始めた。腹の音の次はこれかよ。ムードもへったくれもない。
「あああーもういい、もうイーーわッ、面倒くせッ」
 何を言っても無駄だ。こいつはそういう奴なんだ。可愛いのは顔だけで、下品で口汚くて短気で暴力的で、なんでこいつが可愛いって思ってしまうのか、俺自身もよくわからない。

 飲み干した紙コップをポンとトレイの上に転がして、川口は大きく伸びをした。
「んーっ、でもさ、大木そんなんで本番大丈夫なわけ?」
「何が?」
「桜丘女子の彼女とデートすんの明後日だろ?俺相手の練習であんなビビリまくってて、彼女とキスなんてできんの?」
 そうだった、俺は明後日彼女とデートの約束をしていて、彼女もキスを期待してる風のメールをよこしてきていて。
 まぁ別にキスぐらいどうでもいいけど、でもなんだかなぁ…なんて思っていた。
「んー……ぶっちゃけもう、どうでもよくなってきたかも。」
「んだよぉ大木ぃー。弱気じゃん〜。」
 川口はケラケラ笑った。
 実は彼女とのデートは大したノリ気じゃなかったとか、その彼女と付き合う事にしたのは川口となんとなく顔が似ていたからとか。
 そういうのって、不毛な男子校に通う俺の一時の気の迷いって事で、今まで大した気にもしてなかったけど。

 『んっ…ぅ…ぁ』
 俺の腕の中で唇を塞がれて、されるがままに舌を絡めて、せつなそうにギュッと目を閉じていた川口の顔が鮮明に思い出される。
 あれは反則だろ…。あんな可愛い顔とか、あんな可愛いデレかたとか。
 今日のキスが川口との最初で最後のキスだったなら、他の部分にも触れておけばよかった。
 おでこだって、耳たぶだって、首筋だって、一度きりなら無理して唇を這わせてしまえばよかった。濃厚な記憶を反芻する俺に高揚と後悔の波が交互に襲いかかる。

「あーー!すっげー腹減ったー。大木、ポテト残すんなら食ってもいい?」
 その品のない台詞と声で、あっという間に現実に引き戻された。
 俺の淡いファーストキスの思い出を、こいつと微笑ましく共有する事は出来そうにない。だってこいつは、もぐもぐ食ってばっかりで、さっきからドキドキしたり、勝手に考えこんだりしているのは俺一人だ。
 それでも溜息混じりに無駄な質問を投げてみる。
「………お前さぁ、もうちょっとしおらしく出来ねーの?」
「はあ?しおらしくとか、意味わッかんねッ!お前最近おかしくね?」
 全くそのとおりだ。おかしいのは俺だ。
「いや、うん、そうだよな、俺も意味わかんねーわ」
 再び溜息がこぼれた。もうすぐLサイズのポテトも底をつく。ほんと一人でよく食ったな、こいつ。

 そろそろ帰りのバスの時間でも確認しておこうかと携帯を取り出して画面を眺めていたら、突然川口が大きな溜息をついて呟いた。
「はぁ〜………大木さーっ」
「ん?」
「そんなに彼女とキス出来るか不安だったら、もっかい練習付き合ってやろーか?」
 心配そうに俺を覗きこんでいる川口の目。こいつの目を見てると、ほんと心がざわざわして、落ち着かない気持ちになるんだ。

(No.3へ続く)

ボイスドラマ用に作った台本から逆に小説化してみました!全3Pです