Scapegoat 1

 放課後、約束通り体育館裏で川口は俺を待っていた。
「おせーぞ、大木」
 そう言ってさっきまで眺めていたスマホをポケットに仕舞いこむと、川口は溜息をついて俺をチラリと見た。
「わりーな、日直だったから日誌出して来て遅くなった」
「は?言い訳すんなよ」
 相変わらず短気で口が悪い。
 そんな川口と俺は部活仲間とのカードゲームに負けて、罰ゲームでキスをするハメになった。
 最初はみんなの前で、って話だったんだけどそんなシーン写メにでも撮られたら、その日のうちにクラス中にメールで回される。だから二人っきりでやっとくから、なんて流れに無理やり持って行って、結局その場はお流れになった。『二人っきりで』なんて本当は逃げ口上で、実際にやらなくて済んだし、上手いこと切り抜けたなーなんて思ってたんだけど、相手役の川口が「やるなら放課後体育館裏でな」なんて言ってきやがった。

 ま、男同士でキスなんて…不毛な男子校ではよくあるお遊びだ。
 俺には近くの女子校に付き合ってまもない彼女が居る。彼女とうまくキス出来るように、練習しとけよーって誰かが言い出したせいで、罰ゲームが男同士でキスになったんだっけ。

「じゃあ、やるか。どうせ、練習だし」
「ん」
「練習だから、遊びみたいなもんだからな」
「…ああ」
 変な緊張感で手に汗がにじむ。とりあえず深呼吸。深く息を吸って、大きく吐いた。
 目の前の川口は涼しい顔で俺をジッと見ている。
「フーーーーッはぁーーー…あ、何回も言うけどさ、川口」
「ん?ああ、わかってるって、これ、練習なんだろ」
「ああ、練習な、だから、変な気起こすなよ?」
「はぁ?変な気起こしそうなのは大木の方じゃん?」
 見透かしたように川口がせせら笑う。
「うッせー黙れっ!……やべ、心拍数上がってきた」
 川口の上目遣いになんでか心臓がバクバクしてきて、俺はもう一度深呼吸した。
「はぁ〜、さっさとやれよ!俺だって罰ゲームじゃなきゃこんな事やんねーっつーの」
 溜息をつく呆れ顔の川口には、俺より全然余裕がある。
 クソッ!俺より15センチも身長が低いチビのくせに、声変わりだってしてないくせに!俺より世の中の事を知ってますってしたり顔でいつも俺を小馬鹿にしてる…気がする。
 でも俺だって川口が気にしてる事を知っている。だからそこをピンポイントでついてやる事にした。
「ま…俺はお前が相手で良かったよ…。学校の中じゃお前が一番マシな顔してるし」
「はぁ??ざッけんな!」
 学校の中じゃ一番マシな顔。普通だったらこれって褒め言葉だろうけど、川口にとってはかなり屈辱的らしい。そう、こいつモロ女顔なんだ。中高一貫教育の男子校に通う俺達にとって、女顔って言われたり姫扱いされるのはかなり不名誉な事で、川口も勿論その事を気にしていた。
 悔しがる川口もなんだか可愛いな、なんて思いながら俺は川口の両肩を掴んだ。
「いいから、目ぇ瞑れっほらっ!」
「……ああ、もう…クッソッ…んっ」
 ギュッと両目を閉じている川口は、色白で、まつ毛が長くて、髪の毛もサラサラだ。
 薄く形の整ったピンク色の唇もまるで少女漫画に出てくるキャラみたいで、俺は躊躇わずそのまま口づけた。ゆっくりと音を立てて何度か唇を吸う。少しずつ開いた川口の唇が俺を受け入れていく。初めて味わう他人の温かくて柔らかい感触に俺はかなり衝撃を受けた。
「んっ…っぁ」
 俺の両腕をギュッと掴み、せつなそうに川口が吐息を漏らした。
 触れるだけのキスのつもりが気づけば舌を絡め、相手を愛くしむように唇を欲している。
 罰ゲームとは言え、川口がキスの練習相手になった時は正直ラッキーって…思ったけど……

 あれ?ラッキーなんて思うのおかしい…よな。
 
 だから正気に戻ってもういい加減、止めないと。そう思っているのにやめられない。何度でも舌を絡めて、この時間を楽しんでいたい。
 30秒ぐらい経った頃だろうか。川口が苦しそうに息を吐いて、俺の唇から離れた。
 ハァハァと小さく肩で息をする川口の唇が光って濡れている。その色っぽさに俺は思わず見とれてしまった。
「はぁ……川口…おま…え」
「…ああ?な、なんだよ…大木ぃ」
 潤んだ瞳で俺を見つめる川口の頬はピンク色だ。
「…なんか……可愛いな」
「はああああああああああああああああああ?」

 川口は可愛い、もうずっと前からわかっていた事だ。
 目を背けていた気持ちと向き合った瞬間、俺はどうしていいかわからなくなった。

No.2へ続く

ボイスドラマ用に作った台本から逆に小説化してみました!全3Pです