kishiro episode-04

一体なんだったんだろう。
俺はぼんやりと天井を眺め考えていた。結局別れ話もうやむやに「じゃあ、明日体育館で」と言われて電話は切れた。
奥寺が何を考えているのかさっぱりわからない。しかも明日体育館でってのは、今やったばっかりなのに明日もやろうって事なんだろうか。思わずため息がこぼれた。何度か寝返りをうっても眠気はなかなかやってこない。ついさっき耳元で囁かれた奥寺の卑猥な言葉が脳裏をよぎって、どうも体が火照ってしまう。
「人のこと言えねーし…」
そう呟いて目をぎゅっと閉じ眠る努力をした。
何を考えたら眠れるだろう。瞼の裏には奥寺の艶っぽい表情が何度も浮かんでくる。
奥寺は何を思って電話してきたんだろうか。性的に好きかどうか、なんて俺は考えた事がなかった。

  一年前まであいつは"ゲーセンでたまーに見かける奴"と言う認識だった。そのうちに"数学の少人数教室で一緒の奴"だと気づき、小テストを返された時"奥寺"と呼ばれたのを聞いて苗字を覚えた。奥寺はたまに塾をサボって俺の行きつけのゲーセンに顔を出し、つまらなそうに対戦ゲームの筐体を眺めるかパズルゲームをやっていた。
あいつの名前を認識した頃から、俺は奥寺をよく目で追うようになっていた。背はさほど変わらないけれど奥寺の方が少し高くて、頭もそこそこ良く、運動もそこそこ。何もかもそこそこ人よりできるが目立つほどというわけじゃない。
そんなそこそこなあいつの秀でた部分を俺は知っていた。奥寺はすごく目がいい。いつかの授業時間、5階の少人数教室の窓から外を眺めていた奥寺が、突然微笑んで軽く手を振りだした。隣の席の奴が「誰がいんの?」と問いかけると奥寺は「校門に伊藤が居たんだよ、重役出勤だよなぁあいつ」と笑って答えた。5階の窓から校門まではかなりの距離がある。その距離で誰が誰か判別がつくのだから、おそらく視力は2.0以上いやもっとあるだろう。コンタクトをはずすとほとんど見えない俺はそのやりとりを聞いて羨ましく思っていた。

 遠くまでよく見える、切れ長で少しつり気味なあいつの目に俺はどんな風に映っているんだろう。今でこそ見慣れた奥寺の細い目と若干乏しい表情が、一年前は不安でたまらなかった事を思い出す。
俺は中学の頃一度人間関係で失敗した事があって、それから無表情なやつと喋るのが苦手だった。かと言ってあっけらかんとすぐに誰かと仲良く出来るほど俺の心は癒えてはなくて、高校に入ってからあえて孤立する事を選んだ。自由な校風に甘え髪を染め、煙草を吸って、あまり人がかかわってこないように振舞った。その結果、大抵の奴らは扱いにくい俺を蔑むようになった。
そんな俺に、奥寺がどうして「付き合えよ」と言ってきたのか。軽い気持ちでセックスして使い捨てするのに丁度いいと思ったのか。いくら考えても理由はやっぱりわからない。
別れようと言ってみたり、フェアじゃなく気負いしていると言ってきたり、電話で体を求めてきたり、いつだってあいつは俺を振り回す。
なのに俺は、どうしてこんなに、明日奥寺と会える事が楽しみで仕方ないんだろう。

 俺は奥寺を、あいつの事を好き……だ。多分。
そうはっきりと自覚した。性的にとか関係なく。

*

「奥寺は今日休みだよ」
「え?」
「忌引だってさ〜、き・び・き」
 教室の入り口の近くで弁当を食べていた確か野球部の…名前も知らない奴がけだるく答えた。
 体育館倉庫で10分も待ちぼうけを食らい、イライラしていのが馬鹿みたいだ。
「柏葉だっけ、奥寺と結構仲いいの?」
「…んー、まぁまぁな」
「じゃーさ、プリント持ってってくんね?」
「え」

 どうやら奥寺は祖父を亡くし忌引で三日間休むらしい。三日後の金曜は祝日で土日を含むと三連休、忌引と合わせると6日間も学校を休む事になってしまう。そして連休明けは定期テストの初日だ。プリントはテスト範囲も含まれていた。

「俺、奥寺んちから駅3つでわりと近くに住んでる方なんだけど、柏葉が仲いいなら持ってってやってくれよ」
 そう言って野球部のなんとかは半ば強引にプリントを押し付けてきた。
奥寺の家は俺のよく行くゲーセンのある駅が最寄りだと聞いていた。確かその駅前にある塾にあいつは通っているはず。俺の住む駅と同じ沿線の、大きな川を超えて5つ離れた駅だ。たいした距離じゃない。でもあいつと付き合ってから1年も経つのに、あいつの家には一度も行った事がない。
 預かったプリントを手にそのまま午後の授業を出る気にもなれず、俺は学校をサボって電車に乗った。昼過ぎの下り電車はガラ空きで、7人掛けの長椅子に俺は一人腰を下ろした。同じように目の前に座っているスーツ姿のサラリーマンがうつらうつらと船を漕いでる。その背後に見える窓の外は薄暗い。もうすぐ雨が降るんだろう、重苦しい雲が立ち込めていて空が低く感じられた。
 朝方まで眠れなかったせいで体がだるい。奥寺と昼休みに会えなかった事でがっかりしたけれど、学校以外で会える理由も出来た。とりあえずプリントをどうするかは家に帰ってから考えよう。そう思った矢先、ポケットの中でスマホが震えた。画面には奥寺からSNS経由のメッセージが届いた通知が表示されている。
液晶を指でゆっくりとなぞってそのメッセージを開いた。

奥寺
−ごめんキシロ、もう昼休み終わってるよな。今日学校休んだんだ。

−A組の奴に聞いた、忌引なんだろ。
既読

奥寺
−そう。

−プリント預かってるけど、どうすればいい?
既読

 その後、しばらく反応が無かった。俺の書いたメッセージに既読の表示が出ているからおそらく読んではいるんだろう。あと2つで奥寺の家の最寄り駅という時に返事がきた。

奥寺
−今日俺んちくる?

−葬式やってんじゃねーの?
既読

奥寺
−死んだじいちゃん北海道の人だから、家族みんな北海道に行って居ない。

−は?なんでお前は行かねーの?
既読

奥寺
−まー、色々あって。とにかくさ、学校帰り俺んち寄ってってくんね?

−学校サボったから、もう電車乗って帰るとこ。
既読

奥寺
−マジか?いま何処よ?

−奥寺んちの最寄り駅の一個手前
既読

奥寺
−え

−あ、もう駅着くわ
既読

奥寺
−じゃ、家来いよ!

 駅員のアナウンスが聞こえ顔を上げると、丁度奥寺の家の最寄り駅に到着したところだった。俺は慌てて電車を降りた。屋根の無いホームを歩きはじめてすぐ、右手にポツリと冷たい感覚が当たる。天気予報通り、11月の冷たい雨がしとしとと降り始めた。駅を出てから、学校に傘を忘れた事に気がついた。

奥寺
−キシロ、ゲーセンの前で待ってて、迎えに行くから。

 10分ほど歩いてゲーセンの前に着いた頃、俺はもうずぶ濡れで、慌てて走ってきた奥寺が急いで傘の中に俺を入れた。
「傘持ってなかったのかよ。言えば駅まで迎えに行ったのに」
「打つの面倒だったから返信しなかった」
「馬鹿だなぁ、寒くね?」
「寒い」
 大きな水色の傘の下、肩がぶつかるぐらい奥寺と寄り添って歩いた。ほどなく住宅街に入るとひとけはほとんどなくなり、雨脚も強く自然と俺達の足は早まった。
 奥寺の家は一年前初めてキスした親水公園からさほど離れていない場所にあった。自宅から5分と離れていない場所で男の俺とキスしたのかと思うと呆れてしまう。誰かに見られたらどうしようという不安は無かったんだろうか。

「キシロ、風呂入る?」
 振り返りもせず玄関の鍵を開け奥寺が言った。
「借りていいの?」
「いーよ、別に」
 ドアを開けるとごく普通のそこそこいい家の玄関が見えた。そこそこ良い、何においても中の上といった奥寺らしい家だと思うと、笑いが零れた。
「何笑ってんだよ、入れって」
 玄関に入ると奥寺はすぐにドアの内側から鍵をかけた。靴箱の上に置かれた時計に目をやると2時を少し過ぎたところだった。意外と学校から近いのか、なんて考えていると、奥寺はそそくさと部屋の奥へ入りバスタオルを持って戻ってきた。
「風呂のスイッチ入れた、それまでこのタオルで体拭いとけ」
「うん」
「オレの部屋寒いから、居間で待ってて」
「わかった」
 渡されたタオルから柔軟剤のいい香りがする。髪も服もびっしょ濡れで、タオルで拭く程度じゃ服の濡れ具合はたいして変わらない。居間に入るのが躊躇われたが、玄関で立ちっぱなしでいるのも寒く辛かった。
 恐る恐る足を踏み入れた暖かいリビングはきっと床暖なのだろう。足元からふんわりとした暖かさが広がっていた。汚さないよう、フローリングの隅に腰を下ろし部屋の中を眺める。15畳ぐらいの広さで、大きなテレビと熱帯魚、黒い革張りのソファーの横に観葉植物。絵に描いたような、ごく普通というより少し裕福な、いわゆる中の上の暮らしが垣間見える。
「ホットミルクとココア、どっちがいい?」
 キッチンから聞こえる奥寺の問いに俺は「ココア」と答えた。すぐに奥寺は湯気の立つマグカップを2つ持って居間に戻ってきた。俺を見るなり肩を震わせて笑う。
「なんでそんな端っこにいるんだよ、ソファーに座ればいいのに」
「濡れてるからいいって」
「ああ、じゃあ風呂入ってから俺の服貸すわ」
「…ん、ああ、じゃあ借りる」
 マグカップを差し出し、奥寺は俺の目の前に腰をおろした。
「はい、どうぞ」
「悪い」
「いや、俺の方こそ、雨の中プリント持って来させて悪かったな」
 マグカップの湯気越しに見える奥寺の顔が近い。なんでこんな近くに座っただろう。俺は目線のやり場に困っていた。昨日の今日だ。いやその言い方もおかしい、いつも会えば体を重ねる俺たちが、こんなに近い距離で何もしないなんて初めての事かもしれない。それだけ俺たちのつながりは本当にセックスしかなかった。
「今日さ、親居ないし、暇だし、泊まる?」
 そう言って奥寺はマグカップを床に置いた。
 ああ、なんだ結局いつも通りか、それならそうで構わない、いや好都合だ。やっぱりそれが目的で奥寺は俺を家に呼んだのか。そう俺は受け取って、ホッとしたような、がっかりしたような不思議な気持ちになった。
 昨日言っていた、性的に好きかって確認は奥寺の意思表示で、その感情にあいつはきっと負い目を感じているんだろう。それでも俺は、奥寺と少しでも一緒に居られるなら、それでいい。
 そうだ、それでいいんだ。最初からそういう関係なんだし。
 奥寺の顔をじっと見つめてみたけれど、やはり感情は読み取れない。怒っているでもない、笑っているでもない、無関心なようで強かにも見える。乏しい表情があんなに苦手だったはずなのに、こういう時の奥寺の顔にゾクゾクしている自分がいる。
 不意に軽やかなメロディが廊下の奥から聞こえた。風呂が湧いた事を知らせる音だと奥寺は笑った。
「別に、キシロが帰りたかったら帰っていいし、無理強いするわけじゃねーけど…」
「泊まっていいなら泊まる」
 奥寺の言葉を遮って俺は答えた。
「そっか、ま、風呂湧いたし、とりあえず入って来いよ」
 廊下の突き当りにある風呂場へ案内され、さっき使ったものとは別の新しいタオルと、奥寺の部屋着と下着を渡された。
「俺のだけど洗濯したやつだから我慢して使って」
「うん」
「風呂で一人でしごくなよ」
「……!ばかじゃねーの!!」
 バスタオルを投げつけたがうまくかわされた。
「ごゆっくり〜」
 そう言って奥寺が脱衣所のドアを閉めた。床に落ちたタオルを拾いながら俺は少しの違和感を覚えた。
 どうして奥寺は突然俺を家に呼んだんだろう。なんで急にこんな、まるで友達同士みたいなやり取りを始めたんだろうか。
 嫌な予感がする。
 もし、セフレという関係に負い目を感じはじめていて、今日を最後にこの関係を終わらせようとしてるのなら…ただの友達、顔見知りに戻ろうとしてるんだとしたら…?
 とにかくそれだけは避けたい。せめて体だけでも俺は奥寺と繋がっていたい。
 だとしたら俺が出来る事は唯一つ、奥寺に負い目を感じさせないよう、セフレとして楽しんでいる対等な立場だと思わせるしかない。
 俺の感情とは別として。

(No.5へ続く)

自分の気持ちに整理をつけたはいいが、ネガティブな思い込みの激しい柏葉の回でした。次回は再びR18の奥寺のターン!だけど、頑張るのは奥寺ではなく柏葉です。