Go To Drive !

 予想はしていたがこれは酷い。両目から大粒の涙、遠慮なしに流れている鼻水。将太郎はヒックヒックと嗚咽を漏らし泣いていた。零れ落ちる涙は拭っても拭っても頬をつたい、ハンカチはぐしゃぐしゃだ。よくもまあ、ここまで無防備に泣き顔を晒せるものだと感心した。
「これ、使う?」
「…うっ…うう、うん。」
  薄暗い映画館の中、こんな事もあろうかと持ってきたタオルハンカチを俺はそっと将太郎に渡した。何年も前にヒットした大作のレイトショー。ホカ弁のバイト 先でよくしてくれるおばちゃんが「深夜の映画館なんてなかなか行けないから、彼女でも誘って行ってらっしゃいよ」とチケットを譲ってくれた。
  『動物が出てくる愛と感動のストーリー』なんて柄じゃないけど、将太郎を誘って夏休み最後のデートと洒落こんでいた。いや、男同士でデートと言うのもおか しな話しだ。俺と将太郎は大学のサークル仲間で、恋人同士でもなんでもない。ただ、俺達は周りから何かとセットで扱われる事が多かった。
 身長190センチの俺の名前が大地、そして身長160ちょいの小柄な将太郎。サークルの先輩は俺達をデコボココンビと呼び、周りの奴らもいつの間にか「大ちゃん」「しょーちゃん」と声をかけてくるようになった。
  田舎から出てきたばかりで友達の少なかった将太郎は、この状況をを好意的に受け入れていた。俺と一緒とわかれば「大ちゃんが一緒でよかった」と、はしゃ ぎ、俺が居なければ「なんだ、大ちゃんと一緒じゃないのかぁ」と、寂しがる。いつの間にか俺は、将太郎が隣に居る事が当たり前と思うようになっていた。
 自分の感情をストレートに表現し屈託なく笑う将太郎が、子犬のようにじゃれついてくるのが嬉しくてしょうがなかった。

 まんざらじゃない。
 そう気づいたのは夏休みに入ってすぐだったと思う。自分の車欲しさに始めたバイトの掛け持ちは想像以上に忙しく、夏休みはサークルにあまり顔を出す暇が無かった。
 ホカ弁屋でとんかつを揚げている時、ガソリンスタンドで車窓を磨いている時、自転車を漕いで帰宅する途中、ふっとあいつの事が頭に浮かんだ。
 今頃何やってんだろう、そう思い始めると居ても立っても居られなくなった。らしくもなく毎晩電話をかけたり、サークルの約束とは別で飯に誘ったり、親の車を借りて夜景を観にドライブへも行った。
「アハハ、これじゃあまるでデートだね。」
 何気ない将太郎の言葉に、俺の心臓はドキリとした。
 そんな流れで俺達は二人で遊びに行く事を、ふざけてデートと呼ぶようになった。
 だがデートという言葉を噛み締めるうち、俺は将太郎を恋愛対象として見ている事に気がついた。
 それ以来、あいつを車に乗せていない。理性がぶっ飛んで送り狼になるのが怖いからだ。

 映画館を出る頃には将太郎もすっかり落ち着きを取り戻し、近くのファミレスで始発を待つ事にした。平日の深夜と言え、都心のファミレスはそこそこ混んでいたが5分と待たず席に案内された。
 奥の席を陣取ると、将太郎は映画のどこがよかった、あのシーンがやばかったなんて熱く語りだした。ドリンクバーのコーヒーも三杯目になった頃、将太郎はハッと思い出したかのように呟いた。
「大ちゃんのハンカチ、洗濯して返すね。」
「いや、いいよ、今返してもらっても。」
「ううん、あ、でも…」
 そう言いかけて、将太郎は急に視線を落とした。さっきまで流暢に映画の話しをしていた本人とは別人のようだ。
「何だよ?どうした?」
 心配して顔を覗き込むと、頬が紅潮している。原因はわからないが、照れくさそうで、少し緊張しているようにも見えた。
 反則だ、急にこんな表情しやがって。俺の方も将太郎を直視できなくなった。
「大ちゃん、あの…さ、変な事聞くようだけど…。」
「ん?」
「えっと、あー、こ、香水!何使ってるの?」
「は?」
 思いもよらぬ質問だった。将太郎は相変わらず視線を落としたまま、カバンから取り出した俺のハンカチをギュッと握りしめている。
 それにしてもおかしな質問だ。俺は香水なんてほとんどつけた事がない。
「このハンカチ、大ちゃんの匂いがしたんだよ。えっと…大ちゃんの近くっていうか隣に居るといつもする匂い。花みたいないい匂いで…」
 そう言えば母親が、我が家で長年使っている柔軟剤は外国製の香りがいいものだと言っていた事を思い出した。
「将太郎、多分それ香水じゃなくて、柔軟剤の匂いだと思う。」
「え!?そうなんだ?どこのメーカーの?」
慌てて顔をあげた将太郎が上目遣いで俺を見つめる。
うっすらと潤んだ瞳が、不安そうに揺れていた。
「ごめん、家に帰んないとわかんねーや。」
「そっか…。その匂い、俺すごく好きだから、俺も使いたいなって思ってさ。」
「なんで?そんなに気に入った?」
「うん、だってほら、自分の服から大ちゃんと同じ匂いがしたら、安心できそうだし、嬉しいじゃん?」
 これは告白なのか?それともいつものただの天然発言なのか。
 次の言葉が見つからない。
 今すぐ目の前の将太郎を抱きしめる事が出来ないこの状況は、拷問に等しいと思った。
「あれ?俺、変な事言った?」
 さっきまではにかんでいた将太郎の表情が曇る。きっと目の前の俺が困惑した顔でコーヒーを飲んでいたのが気になったのだろう。
「ちょっと…変じゃね?だって…」
 と、言いかけて俺は続きを飲み込んだ。そういう俺だって、十分変なんだ。俺も将太郎の匂いが好きだし、ずっと将太郎と一緒に居たいし、いつか将太郎に触れてみたい。
「だって?なに?気になるんだけど。」
「いや、なんでもねーよ。あ、そうだ。また今度ドライブでも行くか?」

 健全なデートがいつ終わるのか。その時俺達の関係は友達か、恋人か。
 将太郎と俺の想いが同じなのかはまだわからないけれど、多少は望みがある事にホッとした。
 始発まであと少し。
 俺は4杯目のコーヒーを飲みながら、無邪気に笑う将太郎を見つめていた。

恋愛お題ったーから2011年9月12日に出題されたお題を元に書きました。
TAKERUさんは、「深夜の映画館」で登場人物が「寂しがる」、「花」という単語を使ったお話を考えて下さい。
2,503文字 http://shindanmaker.com/28927 #rendai